●会話の上手い。下手。
こちらの要求を相手に正確に伝えるのは言葉自体も大事だが、
それを伝えようとする配慮も大事ということを体感した。
う~ん、自分も気をつけねば・・・と風邪を引いて病院で遭遇した体験談。
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風邪を引いて久しぶりに病院で目にした光景。
ちょうと三が日だったので病院自体は休みだったが、電話をして外来受付OKだったので
某病院へ向かう。
同じように時間外外来でやってきていた親子と看護師との会話。
子が患者で母親が付き添いというパターン。
(子供といっても大学生くらいなんだけど)
冬休み中に海外で怪我をしたらしく
現地の病院で手当(傷を縫うなど)をしてもらったらしく、帰国後日本の病院でちゃんと手当が
できているか確認にきているようだった。
看護師「海外の病院で手当を受けたときのどのような治療をしたか診断書みたいなもの
ありますか?」
子供「あります。持ってきてませんけど(きっぱり)」
看「へ・・・それが無いとどのような処置をしたのかわからないのでここで何を見ればいいかわからないじゃないですか。」
子供「だってスペイン語ですよ」
看「スペイン語でも何語でもなんで持ってこなかったんですか?」
親「傷の手当見て欲しいのよ~、それなくても見れるでしょうっ」
看「・・・わかりました。お待ちください」
看護師が去ってから~
親子「だから日本の病院はだめなんだよね~融通がきかなくて」
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この厨房親子の会話のやり取りに熱にうなされながらも憤りを感じてしまった。
整理すると
・この親子は大嫌いな日本の病院に海外で手当てを受けた確認にきている。
・にもかかわらず、診断書を持ってきていない。
・言い訳が、「スペイン語だけど」という意味不明な返答。
・子供だけでなく親もそれに同調する馬鹿っぷり。
看護師もきっとこの親子をぶん殴りたかっただろう。
お前ら何しに来たんだと!
素人目から傷の手当の確認などは、医者が診ればわかるだろうと判断したんでしょう。
でも、ちゃんと見るにはどういう治療薬を、どの程度何で縫合したのか?
いつ抜糸ができるのか?など前情報をインプットしてからでないとその手当てが
適当だったかさえも判断つかんだろう。
となると診る医者にとっても適当にあしらっておしまいである。
誰も幸せにならない結末はこの親子自身でもたらした事におそらくまだ気がついてないだろう。
(あ~俺って文章へただなぁ)